手相学のススメ

一時期、ベルギーの研究所内で手相が流行った。きっかけは学生のひとりが「手相みれる?」とふざけて聞いてきた事だったと思う。こちらもふざけて「みれるよー」と、適当に生命線とかみて「うーん、寿命は80年ですな。むむ。40歳くらいで体に気をつけなければなりませんよ」などと答えた気がする。
結果、2日間で20名をこえる人々の手相をみることとなった。後悔先にたたず、である。
もう研究所内で、私が手相をみていないのは、偉い教授方くらいなもので、どこをどう伝わったのか、普段あまり話さない人まで、ソソソ、と後ろから近づいては手を差し出す。もう「実は最初にみたアレ、適当だったんです。えへ」とはいうに言えない状況に陥り、額に冷や汗を浮かばせながら「えーと、子供は・・・ひ、一人ですかね」などと、お茶をにごすはめになる(自業自得)。「えっー、私、双子がほしかったのにぃ」といわれたら「そうですか。じゃあ、5つ子とかできたりして、あはは」てな具合である。はっきりいって、手相やら占いやら、そういうものを信じていない人間の筆頭は私である。そんな本人が適当に言っている事を信じてもらっても困る。そんな感じで、詳細を聞いてくる人々をノラリクラリとかわしていたら、気づくと窮地に立たされていた。
「僕の恋愛運勢どうかな?」
そう言って手のひらを見せてきたのは、さるドイツ人建築家。その両隣には、彼をめぐって恋の鞘当を繰り広げているベルギーとポーランドふたりの女性。ふたりとも興味深々ってな感じで目を光らせている。これは責任重大である。彼自身、その二人の間で揺れに揺れているのが滅茶苦茶明らかである故に、何を言ってもどっちかに転がりそうで怖い。そして、実は私個人としては、ポーランド女性を応援しているのである!そんなんで「そうですね、将来ポーランド語を話している貴方の姿が見えます」っていうのも非常に怪しい(←この時点で手相ではない・・・)。
唸りながら「・・・今年は貴方の恋愛運上昇中です」などと申してみる。美女二人にせまられてるんだから、そりゃ上昇中だろーよ、ケッってな私の心の声ゆえの診断。「非常に難しい判断にせまられますが、貴方の心のままに進んでください」などともつけ加えてみる。占いってそんなもんだと思う。第六感といわれるものがあったとしても、ほとんどの占いは、その占い師が「観察」にすぐれているか、情報分析に優れているか、という事にかかっている。そして、そこから「診断」を下し、ポンッとその人の心を押すのである。自分の意志で99%既に決断していても、踏み出すために残り1%が必要なこともあるのだから。君も悩んでいるのだね、よっ、色男、とニヤニヤした私に対し、彼はキョトンとして「え、それってチャンが言っていたことと同じだ・・・」とのたまう。
チャンは、研究所で唯一の中国人建築家である。なんじゃそりゃ、とたずねると、どうやら私に手相をみるように頼んできた全ての人々は、チャンにも同じように迫り、チャンと私の診断結果を比べていたらしい。勘弁してくれよー、と思っていると、「不思議にチャンが言っていることと全部あってるのよねー。二人とも手相学の勉強をいっしょにしたの?」とその他の人々も聞いてくる。「でも言い方が全然違うのが笑えるけど」というのが皆の意見で、私にはさっぱりわからない。聞いてみると、どうやら同じことを言うのだけれど、チャンの方は、かなり断定的言い方をしているらしい。これがまた笑える。繊細なあるベルギー人お嬢様に対し、手相をみながら「君の寿命は50歳である!」といったらしい。ガガーンとショックを受けてお嬢様はかなりパニック。
「わ、私、死ぬの?ほんとうなの?どーしたらいいの?」とうろたえる。すると冷静なチャンの一言。
「人は誰でも死ぬ」
そりゃそーだ。チャン最高。
その後、チャンと話したときに「今度から金とろーか」と相談していたことは内緒である。