研究室引越しの極意

大学に新しいビルが完成したので、研究所全体が移ることになった。よって現在廊下にはあふれんばかりのダンボール箱が重ねられ、エレベーターから研究所事務室まで、ジグザグ歩行で進んでいかねばならない。台車までも、狭くなった通路をジグザグしながら通過する。これにはけっこうテクがいる。

各研究室は基本的に個人の研究室なので、室内にあるのは、教授たちの天井まで続く壁一面の本や、資料の山のみ(?)である。理系の研究室なら、これに助手やら学生やらの私物もあって、さらに大変であったろうが、文系はその点楽かもしれない。

引越しに際して、まずやらねばならないのが、人員確保。
ただでさえ、海外調査で学生が出払っているうちの研究科は、この時期の人員確保は砂漠での水の確保ほど難しい。この人員確保ができないと、ブツブツと念仏のように恨み言をつぶやきながら、30箱以上の本をひとりで詰めていかねばならなくなる。この恨み言も含めて、ここ数日、研究階の廊下はかなり騒がしい。各研究室から物音が廊下に響く。


げほげほと激しく咳き込む音。(これは長年溜まった埃によるものである)
どこかで雪崩れがおきる音。(下手をすれば部屋の主がでてこれない)
なにかの落下する音。(天に近いほど不思議なものがでてくる法則)


整理し始めのときは、みな元気である。冗談を言い合いながらばったばったと片付けてゆく。しかし、しばらくするとかなり壊れてくるのも事実である。行きかう会話もかなり怪しい。

「2年前の海苔ってまだいけるかなぁ?」


「あ、去年の賞味期限のナッツがある。大丈夫かしら」
「むかいのO×先生に黙ってあげたらどうですか」
「あ、そうね」


「お、珈琲発見。あれ?この臭い・・・」
「うーん、7年モノだね、これ」
「・・・・・(黙ってフタをする)」


「あぁぁっ!XX先生のスキー写真発見」
(廊下を戦慄が駆け抜ける)
「・・・・みなかったことに」(一同同意)



このような会話を聞いていれば、引越し前後はどんな先生からも菓子をもらってはならないと肝に銘じることになる。
と、ちょっと待て。確か、つい先日、一階下のドイツ人神父様が、「お菓子イ〜リマセンカ?」と、なにやら箱にいっぱい入った菓子を恵んでくださらんかったか?ついつい手をだしてしまったが、クッキーの空き箱らしき箱に、いろんな種類のお菓子が無造作に積んであったので、違和感を感じたのを覚えている。しかも、階下の先生が菓子を配りにくることなど初めてだったのではあるまいか?

ま、深く考えないほうが身のためだ。魔窟恐るべし。