車窓から

有名な(と私は信じているけど)『世界の車窓から』という番組は、私の記憶が正しければ関東圏では今でも、月曜から金曜の夜に5分ほど放映されているはずだ。一度、カンボジアに取材班が来たとき、私の先輩が取材に関ったことがある。その時の様子などを聞いた、現地駐在のもう一人の先輩が、はりきって、「いってきますよ〜、世界の車窓から」とテーマ曲を口ずさみながら、ご機嫌でバッタンバンからプノンペンまで通っているカンボジアの鉄道を体験しに、カメラ片手に出かけていった。その後、「世界の車窓から」ではなく「車上から」になってしまった、と真っ黒になって帰ってきた先輩は、列車がいっぱいで、仕方なく、列車の屋根に他のカンボジア人と座ってバッタンバンからプノンペンまで1日かけて移動してきたらしい。黒くなるはずである。


基本的に列車の旅は大好きだ。青春18切符で全国をまわるのも好きだし、時刻表をみていろいろルートを考えるのも好きだ。長時間の長旅も苦にはならない。まぁ、さすがに大垣夜行で9時間ばかり立ちっぱなしだった時はまいったけど。


青春18切符ではないが、ベルギーにはレイル・パスなるものがあり、片道700円くらいでベルギー国内どこまででもいける。1日で長距離を移動するのなら、けっこうお得である。まぁ、18切符と違うのは、片道だけで、1日有効券ではないところだが。今回も、ブリュッセルからルクセンブルク国境の町、アルロンまではレイル・パスで、それ以降のストラスブールまでを普通乗車券を購入した。列車は、知らないうちに国境を越えてゆく。ストラスブールに1泊した後はナンシーに1泊。その次の朝9時にはナンシーを出発し、メッツ、ルクセンブルクブリュッセル、そしてオランダ国内へと移動し、オランダ南部のティルブルクに到着したのは夕方6時過ぎだった。

車掌の案内はフランス語からオランダ語へ、いつの間にか周りから聞こえてくる会話も仏語からオランダ語へと変わっている。ファッションさえも違うように思える。もちろん、パスポートコントロールはない。ここでは、人はこんなにたやすく国を越えてゆく。日本人にとっても海外は昔と比べて驚くほど近くなったが、それでも、もちろんEUの比ではない。街から街へ、地域から地域へ、国から国へ、同じ貨幣を使い、EU内ではパスポートも必要ない。EUという新しい共同体は、着実に未来の姿へむかっているように思える。一方で、過去がある。人々の、国の抱える歴史がある。ルーヴァンのバスの中で、隣に座った老婦人が、いかにドイツ人がルーヴァンを破壊したか、と突然私に語り始めたのはついこの間のことである。


車窓から見えるのどかな牧草地。数百年変わらない街並み。ドナウのように流れていないようにみえるが、実はその水面下で確実に時を刻んでいる。人間の正も負も、生も死も、全てのものを抱えながら。