遺跡に還れ

アンコール遺跡への観光客の数は年々うなぎのぼりである。故にホテルもボコボコ建っていく。滞在している観光客が「こんなに建てて大丈夫かいね」と心配するくらいである。5年ほど前はどちらかというと小さいホテルだけが、ダダダと増えていた気がする。シェムリアップ市内の住民が自分の家の裏や敷地に新しい家を建てて、それをゲスト・ハウスにしてしまう、というような。しかし、2年ほど前から始まった大規模なホテル建設期のホテルには、「○×リゾート&スパ」やらの名前がついていて、普通のホテルではなく「リゾートですよ!」と強調しているものばかりである。その背後でどのような政治的動きがあったのか興味があるが、まぁ、それは研究トピックとしておいといて、新しくバンバン建っているホテルの名前の話である。
通りを車で走れば「エンプレス・ホテル」「アンコール・ロイヤル」「シティ・ロイヤル・アンコール」「アンコール・パレス・リゾート」「プリンセス・ホテル」「キング・アンコール・ホテル」「エンプレス・ホテル」などと続く。
「あれ、やたらにロイヤルというか、高貴な名前ばっかりですねぇ」とコメントすると、
「そうなのよ!だから、私は『遺跡に還れ』っていってるの!」と隣の考古学者が熱い台詞を吐く。
(・・・・・誰にいってるんだろう)とちがうことを考えたのは私だけらしく、
「うんうん。遺跡の名前ならくさるほどあるから、まぎらわしいこともないよなぁ」と他の先生は同意。確かに最近のホテルは、まぎわらしいんである。名前が似ていて混乱すること多し。「アンコール・ロイヤルにいってください」というのが、「あれ?アンコール・パレス・ロイヤルだったか?」とかそういう風になる。遺跡の名前をつければ、確かにそういうこともないだろう。
しかし、これにも問題がある。以前、本当にあった話。知り合いに「じゃあ、昼はバイヨンにしようか」という話をした。バイヨン・レストランという老舗のレストランがあり、朝飯がうまいが、昼飯はまぁまぁ、というところである。そして、待ち合わせ場所に着くと、その知り合いから電話。
「いま、バイヨンだけど、どこにいるの?」と怒っている。そして、レストランに彼女の姿はない。そう、お察しの通り、彼女は遺跡のほうのバイヨン寺院にいってしまったのである。まぁ、けど、普通昼飯食おうよ、といったら「=バイヨン・レストラン」と思わないかい?と思うのは私だけですか、そうですか。