マタニティー・ツアー

姉が出産でマンハッタンの病院に入院している間、4日間ほど病院に通った。アメリカの病院にそれまで通う機会はなかったので、なかなか面白い体験だった。
やはり大都会の中の病院というせいか、かなりセキュリティーが厳しく、出入りする時には身分証明書が必要だし、赤ちゃんがいる階については、ある一定の範囲から赤ちゃんが出るとアラームがなる仕組みになっている。写真撮影も厳しく禁じられており、赤ちゃんの写真は、病室に赤ちゃんを連れてきた時の限られた場所と時間のみとなっている。ICUでもバシバシ写真を撮っていたフランスの産院とはチト違う。一方で、フランスの病院でICUに入る時は手術服のようなものを上から着て、消毒して、と厳しかったが、アメリカはその辺はいい加減(?)で手を洗うだけで終了。まぁ、きっと国というより病院の違いなんだろうけど。
最初に訪問した時こそ緊張したものの、4日間も通っているといろいろな事に慣れてくる。初日に「グリーン先生がいっぱい・・・!」(byドラマER)と医師や研修医を見ては興奮していた母も、2日目には余裕の表情である。私もそんな余裕が態度にでていたのか、通院中、やたらと人に話しかけられる事が多かった。「カフェテリアは何階ですか」とか「面会は何時までなのかな?」とかである。一度はエレベーターで、おじい様がいきなり「ここのカフェテリアの珈琲は99セントで、スターバックスよりうまいぜ」と捨て台詞(?)を残して降りていったことがある。一応御礼を言っておいたが、何をもってして珈琲の話題をいきなり私にふったんだ?という疑問は謎のままである。その話を義兄に伝えると、珈琲好きの彼は早速次の日にカフェテリアへ珈琲を買いに行っていたが、あまりのまずさに呆然となっていた。い、陰謀か?!
まぁ、とにかく、最後にはすっかり、「私この病院に10年いるの」ってな感じで、遠方から赤ちゃんを見に来てくれた義兄のご家族(もちろんアメリカ人)を、「こちらでーす」と受け付けに案内していたのは私である。いつも受け付けにいる陽気な警備員のおやっさんに、「ハッハッハッ!マタニティー・ツアーかい!大変だねぇ」と声をかけられ、IDも出さないうちから「さぁ、通んな、通んな」とやられた時は、「あっはっはっ、おやっさん、うまいこと言うねぇ」と返していた。つまり、どこの産院でも見られる現象だが、赤ちゃんを見に、親戚一同勢ぞろいでカメラ片手にゾロゾロと病室にむかう人々のことを「マタニティー・ツアー」とおやっさんが冗談で言ったと思ったのだ。
「いやぁ、愉快、愉快」フォッフォッフォッと水戸黄門のような笑いをあげながらエレベーターへ向かった私だが、「IDの表示も求めないなんて変よ」と引き返した義兄のお母様により、受け付けの彼は、私達のことを、ちょうどその日に病院内で行なわれていた、入院を希望している妊婦のための病院見学ツアーである「マタニティ・ツアー」参加者だと勘違いしていたことが判明した。慌ててIDを表示してから姉の病室にむかうと、確かに臨月をひかえた妊婦さん達の団体がゾロゾロと病院内を見学しているのに出くわした。そこで気づく衝撃の事実。
あのおやっさん、いったい誰を妊婦だと思ったわけ?
やっぱり満腹お昼を食べてから病院へむかったのが敗因だろーか・・・。